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二十八

百 人 一 首 ・ 二 十 八 番 源宗于朝臣みなもとのむねゆきあそん

山里は 冬ぞさびしさ まさりける
人目も草も かれぬと思へばやまざとは ふゆぞさびしさ まさりける
ひとめもくさも かれぬとおもへば

いまのことば

山里というところは、冬こそしずけさがまさるものだ。
たずねてくる人の姿すがたも、くさも、
どちらもれてしまったと思うと。

ことばの景色

この歌のわざは、たったひとつの動詞どうしにあります。「かれぬ」——くさが「れる」と、人が「れる(なくなる)」種類しゅるいのちがう二つのものを、おなじ一語で片付かたづけてしまいました。「人目も草も」——ならかたがすでにこたえになっています。

『古今和歌集』の前書まえがきは、たった文字——「冬の歌とてよめる」。だいは「冬」だけです。その一言ひとことから、宗于むねゆきおとえる季節きせつり出しました。ゆきしもてきません。てくるのは、そこにいものだけ。

作者の源宗于みなもとのむねゆきは、十三番のあとに即位そくいした光孝天皇こうこうてんのうまごにあたります。是忠親王これただしんのうの子で、三十六歌仙さんじゅうろっかせんのひとり。皇族こうぞくから臣下しんかくだり、右京大夫うきょうのだいぶなどをつとめました。

この歌は「しずけさの発見はっけん」としてむこともできます。おとるから、のこったおとがよくこえる。生物せいぶつふゆ七十二候しちじゅうにこうで見た「ゆきした準備じゅんび」とおなです。なにきていないように見える時間じかんを、じっとる。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——『古今和歌集』でも作者名さくしゃめいは「源宗于朝臣みなもとのむねゆきあそん」。平安へいあん山里やまざとは、みやこからすこはなれた別荘地べっそうちでもありました。ひとなくなる季節きせつっているのは、そこにんでいるひとだけです。
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