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九十五

百 人 一 首 ・ 九 十 五 番 前大僧正慈圓さきのだいそうじやうじゑん

おほけなく うき世の民に おほふかな
我が立つそまに 墨染すみぞめそでおほけなく うきよのたみに おほふかな
わがたつそまに すみぞめのそで

いまのことば

のほどもらぬことながら——
このつらい人々ひとびとおおいかけよう。
わたしつこのやまで、この墨染すみぞめそでを。

ことばの景色

そうとしてのこころざしべたうたです。「墨染すみぞめそで」は僧衣そういのこと。そのそでを、ひとうえ屋根やねのようにひろげるというちかい。百人一首ひゃくにんいっしゅにはこいうたおおなかで、これはめずらしく「ひとのために」のうたです。

「おほけなく」はのほどをえている、というへりくだりおおきなこころざしを、まず自分じぶんひくくしてからべる——こころの論語ろんごの「君子くんしこれおのれもとむ」ともひびいます。

作者さくしゃ慈円じえん天台宗てんだいしゅうそうで、歴史書れきししょ愚管抄ぐかんしょう』をいたひと九十一番九条良経くじょうよしつね叔父おじにあたります。うた歴史れきしいた——百人一首ひゃくにんいっしゅには、そういうひと何人なんにんもいます。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——愚管抄ぐかんしょう』は、日本にほん歴史れきし筋道すじみちだてて説明せつめいしようとした先駆的せんくてき書物しょもつ) です。うたと、歴史れきし。どちらも「なぜそうなったか」をようとするです
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