論語三
論 語 ・ 素 読 十 句 そ の 三
「あと一かごで山ができる、というところで止めたなら、止めたのは自分だ」——二千五百年前のことばが、今日の宿題の話をしています。さらに十句、声に出して。
いまのことば
三巡り目の十句。学び方、聞き方、そして
続けることと、原因を誰に求めるかについて。
十句——声に出して(その三)
- 君子は器ならず立派な人は、ひとつの用途しかない道具のようにはならない。(爲政・二之十二)
- 三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る三十で自分の足で立ち、四十で迷わなくなり、五十で自分の役目が分かった——「吾十有五にして学に志す」の続きです。(爲政・二之四)
- 学は及ばざるが如く、猶お之を失わんことを恐る学ぶときは、まだ追いつかないと思って進み、追いついたら今度は忘れることを恐れる。(泰伯・八之十七)
- 敏にして学を好み、下問を恥じずすばやく動いて学ぶことを好み、自分より下の立場の人に尋ねることを恥ずかしがらない。(公冶長・五之十五)
- 譬えば山を為るが如し。未だ成らざること一簣なるに、止むは吾が止むなり山を築くようなもの。あと一かごというところで止めたなら、止めたのは自分だ。(子罕・九之十九)
- 剛毅木訥、仁に近し強く、動じず、飾らず、口数が少ない。そういう人は、思いやりに近い。(子路・十三之二七)
- 君子は諸を己に求む、小人は諸を人に求む立派な人は原因を自分に探し、そうでない人は他人に探す。(衞靈公・十五之二十)
- 智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れずよく知っている人は迷わない。思いやりのある人は思い悩まない。勇気のある人は怖がらない。(子罕・九之二九)
- 士は以て弘毅ならざる可からず、任重くして道遠し志を持つ者は、心が広くて強くなければならない。荷は重く、道は遠いのだから。(曾子のことば・泰伯・八之七)
- 君子は上達す、小人は下達す立派な人は高いほうへ伸びていき、そうでない人は低いほうへ流れていく。(憲問・十四之二四)
水源の一冊 その三
今回の芯は「一簣」です。簣は土を運ぶ竹のかご。山を築く作業で、あと一かご盛れば完成というところで手を止める。孔子は、それを「止むは吾が止むなり」——止めたのは自分だ、と言い切ります。同じ章の後半では、平地に一かご土を空けただけでも「進むは吾が往くなり」——進んだのも自分だ、と続きます。止めるのも進むのも、自分の一かご。
「下問を恥じず」も急所です。年下の人、立場の下の人に聞くのは、大人になるほど難しくなります。孔子は、それができる人を「文」——学の人と呼ぶに値する、と評しました。その一の「三人行けば必ず我が師有り」と同じ川の水です。
そして「三十にして立つ」。その二の最後に置いた「吾十有五にして学に志す」の、その続きです。十五で志し、三十で立ち、四十で惑わず、五十で天命を知り、六十で耳順い、七十で心のままにふるまっても道を外れなかった。一生を六行で書いた自己紹介です。あなたの年表は、いまどのあたりでしょう。
考えてみよう
- 問一あと「一かご」で完成というところまで来ていることは、何かありますか。
- 問二年下の人に教わった経験を思い出してみましょう。何を学びましたか。
- 問三うまくいかなかったとき、原因を自分に探すと、何が変わるでしょう。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——この十句は、公開されている論語(國譯漢文大成)の原文と書き下し文に一句ずつ照らし合わせ、章の番号まで確かめて選びました。論語は全部で二十篇・五百章ちかく。ここに並べた三十句は、その入口です。