東海道・神奈川宿
坂の上は街道、坂の下は港。二つの道が背中合わせになった宿場です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・神奈川宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の神奈川宿とは?
神奈川は東海道の三番目の宿場。
神奈川湊のそばに併設された宿場だった。
神奈川湊のそばに併設された宿場だった。
港のとなりの宿場
宿場が先にあったのではなく、港の横に宿場が置かれた——神奈川の成り立ちはそこが特徴です。相模や多摩、三浦半島、房総半島からの人と物が、ここで陸に上がりました。
広重が与えた題は「台之景」。坂道から海を見下ろす構図です。街道は高いところ、港は低いところ——同じ絵の中に、二つの交通路が同時に描かれています。
幕末、神奈川は開港場に指定されました。ただし実際に港がひらかれたのは、対岸の横浜でした。街道の宿場の名前が、県の名前として残った——神奈川県の名は、この宿場から来ています。
考えてみよう
- 問一港と街道。荷物を運ぶのに向いているのはどちらでしょう。理由も書いてみましょう。
- 問二あなたの県の名前の由来を調べてみましょう。
- 問三坂の上と下で、町の様子が違う場所を探してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
