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六十三

百 人 一 首 ・ 六 十 三 番 左京大夫道雅さきやうだいぶみちまさ

今はただ 思ひえなむ とばかりを
人づてならで 言ふよしもがないまはただ おもひたえなむ とばかりを
ひとづてならで いふよしもがな

いまのことば

いまはもう、あなたへのおもいをろう——
そのひとことだけを、ひとづてではなく
直接ちょくせつ方法ほうほうがあればよいのに。

ことばの景色

わかれの言葉ことばを、せめて自分じぶんくちいたい——そうねがっているうたです。このねがいがせつないのは、うことすらゆるされない状況じょうきょうだからわかれの宣言せんげんさえ、ひとかいしてとどけるしかない。

おもえなむ」の「なむ」は、「〜してしまおう」という決意けつい。けれどその決意けついは、しもで「うすべもない」とけられます。めたのにつたえられない、というちゅうづり一首いっしゅのかたちです。

作者さくしゃ藤原道雅ふじわらのみちまさは、五十四番儀同三司母ぎどうさんしのははまごにあたります。ちち儀同三司ぎどうさんし藤原伊周ふじわらのこれちか祖母そぼちち本人ほんにんつづいえ物語ものがたりが、ふだ裏側うらがわにあります

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——平安へいあんこいのやりとりは、手紙てがみ使つかいのものはこびました。だから「ひとづてならで」——ひととおさずに、というねがいがまれる。通信手段つうしんしゅだんが、うた主題しゅだいつくっていました
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