CCN 寺子屋
国語の間へ戻る

故 事 成 語 ・ 十

うまげた。けれど、それでわりではなかった。
淮南子えなんじ』より

いまのことば

しあわせと不幸ふこうわるものだから、目先めさき出来事できごと一喜一憂いっきいちゆうしなくてよい、ということ。

ことばの景色

国境こっきょうとりでのそばに老人ろうじん——「塞翁さいおう」のうまげました。ひとびとがなぐさめると、老人ろうじんは「これがさいわいにならないともかぎらない」といます。やがてうま立派りっぱうまれてかえってきました。今度こんどひとびとがいわうと、老人ろうじんは「これがわざわいにならないともかぎらない」とったのです。

そのとおり、息子むすこがそのうまからちてあしります。ところがいくさきたとき、あしいためていた息子むすこへいられず、いのちたすかりました。よいこととわるいことが、順番じゅんばんわっていく——それがこのはなしかたちです。

出典しゅってんは『淮南子えなんじ』。前漢ぜんかん淮南王わいなんおう劉安りゅうあんのもとでまれた書物しょもつです。日本にほんでは「人間万事にんげんばんじ塞翁さいおううま」というかたちでもられています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——おなじ『淮南子えなんじ』からは、てんちのはなしつたわります。こころのでは、おもいどおりにならないかたあつかっています。
前へ次へ