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二編

学問のすゝめ・二編 人は同等なること

ただ文字を読むのみをもって学問とするは大なる心得違いなり。—— 福澤諭吉ふくざわゆきち『学問のすゝめ』二編より

いまのことば

学問のすゝめ 二編の内容は?

字が読めることと、学問があることは、別のもの。
学問とは、物事の道理をわきまえ、人としての務めを知ることである。

きょうの暮らしでいうと

本をたくさん読んでいるのに、どこか困った人——福澤は、そういう「文字の問屋」になるなと言います。文字は道具であって、目的ではないからです。

この編の題は「人は同等なること」。人と人は、権利において対等だと説きます。ただし福澤は正直です。対等なのは「権利」であって、「有様」ではない。実際の暮らしには差がある。その差を埋める道具が学問だ、と初編の主張をもう一段深めます。

読める・知っているで終わらせず、道理がわかって、人の務めが果たせるようになってはじめて学問——テストの点数と本当の学力の違いを、150年前に言い当てています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——この編には「権理通義」という言葉が出てきます。英語の right(ライト)の訳語で、いまの「権利」のもとになった言葉のひとつです。日本語の基本語彙が、この本から生まれていきました。
原文について
この記事が扱っている『学問のすゝめ』は、福沢諭吉が1872年(明治5年)から刊行した書。初編から十七編まであります。
全文は青空文庫『学問のすすめ』で読めます(底本が明記されています)。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
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