CCN 寺子屋
生物の間へ戻る

江戸の生きもの学・五

「きんぎょ〜え、きんぎょ」。天秤棒の桶で金魚を売り歩く声は、江戸の夏の音でした。高嶺の花だった金魚は、江戸時代に庶民の生きものになります。

いまのことば

金魚とは?

金魚は江戸時代に養殖が広がり、庶民の夏の楽しみになった。
フナから生まれた「人が作った美しさ」の代表格。

作られた美

金魚の祖先は、フナです。突然変異の赤いフナを、中国で千年以上かけて選び育て、日本へ。江戸時代には養殖が広がって値が下がり、長屋の庶民が桶で飼える生きものになりました。金魚売り、金魚すくい、金魚玉(ガラス鉢)——夏の風物詩の誕生です。

和金、琉金、出目金、らんちゅう……どの姿も自然界には存在しません。変化朝顔へんかあさがおと同じ「選んで殖やす」技術が、水の中でも動いていました。

ちなみに金魚は今も理科の観察教材の定番。えらの動き、ひれの役割、変温動物の暮らし——江戸の娯楽は、そのまま生物学の入口です。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——「金魚すくい」のポイ(紙の枠)は明治以降の発明といわれます。江戸の金魚売りは桶から柄杓で売りました。奈良県大和郡山市や東京の江戸川など、江戸以来の金魚産地は今も健在です。
この記事について
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
江戸中期に養殖が始まって値が下がり、文化文政期にブームを迎えたことは国立国会図書館 NDLイメージバンク「金魚の伝来とブーム」によります。フナから品種が生まれたことと、和金・琉金・出目金の関係は大和郡山市「金魚の品種(古来中国より伝来)」同「金魚の歴史」によります。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。
前へ次へ