江戸の食・二
にぎりずしも、てんぷらも、二八そばも——いま日本を代表する料理は、もともと江戸の屋台の「早い・安い・うまい」でした。
お子さんと保護者の方へ。江戸の食・二を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
江戸の屋台とは?
すし・てんぷら・そばは、江戸の屋台で育ったファストフード。
働く独身者の多い百万都市が、外食文化を生んだ。
働く独身者の多い百万都市が、外食文化を生んだ。
ファストフードの都
江戸は人口およそ100万の巨大都市。地方から働きに来た独身の男性が多く、自炊よりも屋台でさっと食べる文化が花開きました。
にぎりずしは、江戸後期に生まれた「その場でにぎって出す」スピード料理。てんぷらは串に刺して立ち食い。そばは夜泣きそばの屋台が町を回る。どれも「早い・安い・うまい」の三拍子で、いまのファストフードと同じ役割でした。
高級店の味も、はじまりは町の屋台。食文化は、えらい人の食卓より、忙しい人の胃袋から育つことが多いのです。
考えてみよう
- 問一すし・てんぷら・そば。いまは高級にもなったこの3つが屋台生まれ——何を感じますか。
- 問二現代の「屋台的な食べもの」は何でしょう。共通点を探しましょう。
- 問三100万人が暮らす町に必要な「食の仕組み」を想像してみましょう。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——江戸のにぎりずしは、いまの2〜3倍の大きさだったと言われます。ひと口半で食べる「おにぎり感覚」。冷蔵庫がないので、ネタは酢じめや煮物など仕事をしたものが中心でした。
この記事について
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
江戸が人口100万人を超え男性が多く独身者の多い町だったこと、にぎりずし・てんぷら・そばが江戸の屋台で広まったこと、にぎりずしのすし飯がいまの3倍くらいあったことは、参議院「立法と調査」No.260「歴史的に見た日本の人口と家族」、農林水産省 うちの郷土料理「にぎりずし 東京都」、同「てんぷら 東京都」、同「そば 東京都」によります。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
江戸が人口100万人を超え男性が多く独身者の多い町だったこと、にぎりずし・てんぷら・そばが江戸の屋台で広まったこと、にぎりずしのすし飯がいまの3倍くらいあったことは、参議院「立法と調査」No.260「歴史的に見た日本の人口と家族」、農林水産省 うちの郷土料理「にぎりずし 東京都」、同「てんぷら 東京都」、同「そば 東京都」によります。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。
