論語二
論 語 ・ 素 読 十 句 そ の 二
「知らないことを、知らないと言える」——二千五百年前の言葉が、テストの答案よりも大事なことを教えてくれます。さらに十句、声に出して。
いまのことば
続けて十句。やりすぎの戒め、知ることの定義、
そして苦しいときにこそ現れる人の真価について。
十句——声に出して(その二)
- 過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如しやりすぎは、足りないのと同じくらい良くない。(蛇足の章とひびき合う句)
- 徳は孤ならず、必ず隣有り正しく生きる人は、ひとりぼっちにならない。必ず理解者が現れる。
- 巧言令色、鮮(すく)なし仁口先の上手さと作り笑顔の中に、本当の思いやりは少ない。
- 朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり朝に本当の道理を知ることができたなら、夕方に死んでも悔いはない——それほど、学ぶ価値は大きい。
- 知らざるを知らずと為す、是(これ)知るなり知らないことを「知らない」と言えること。それこそが、本当に知るということ。
- 君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず立派な人は仲良くしても流されない。未熟な人は流されるだけで、本当には仲良くなれない。
- 歳寒くして、然る後に松柏の彫(しぼ)むに後るるを知る寒い季節になってはじめて、松やヒノキが枯れずに立つことが分かる。人の真価も、苦しいときに現れる。
- 憤(ふん)せずんば啓せず自分から「知りたい!」と身もだえするほどでなければ、教えても届かない。(孔子の教え方の流儀)
- 性(せい)、相近し。習い、相遠し生まれつきの差は小さい。習ったかどうかで、大きな差になる。(実語教の芯の原典)
- 吾(われ)十有五にして学に志す私は十五歳で学問を志した——孔子の人生の出発点。あなたは、いま何歳ですか。
水源の一冊 その二
今回の十句の芯は「歳寒松柏(さいかんしょうはく)」です。暖かい季節には、どの木も緑で区別がつかない。寒さが来てはじめて、枯れない木が分かる。実語教の「玉磨かざれば」、童子教の「疾風に勁草を知る」的世界、養生訓の冬——寺子屋の本たちが、この一句に合流します。
「知らざるを知らずと為す」も、学びの急所です。分からない問題を「分からない」と言えた瞬間から、学びは始まる。分かったふりは、隣の財を数える(実語教十五句)のと同じです。
最後の一句、孔子は十五歳で学問を志しました。この文は「三十にして立つ、四十にして惑わず……」と、七十歳まで続く人生の自己紹介です。続きは、いつかあなた自身の年表と重ねて。
考えてみよう
- 問一「知らないと言えなかった」経験はありますか。言えたら何が変わっていたでしょう。
- 問二「和して同ぜず」——仲良くしながら流されない、とは具体的にどうすることでしょう。
- 問三孔子の「十有五にして学に志す」に自分の年齢を並べて、いまの志を一行書いてみましょう。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——「性相近し、習い相遠し」は、実語教「生まれながらにして貴き者無し」の直接の水源です。千年かけて、論語→実語教→学問のすゝめ→この画面へ。言葉のバトンリレーの中に、あなたがいます。