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百 人 一 首 ・ 八 番 喜 撰 法 師

わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなりわがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
よをうぢやまと ひとはいふなり

いまのことば

私の庵は都の東南にあって、このように心安らかに暮らしている。
それなのに世間の人は、世を憂えて宇治うじ山に隠れ住んでいる、と言うらしい。

ことばの景色

「宇治(うぢ)」と「憂し(うし・つらい)」の掛詞かけことばです。世間は「あの人は世をはかなんで山にこもった」と噂する。本人は「いやいや、気楽に楽しく住んでいるだけですが?」——千年前の、噂への軽やかな反論です。

人の暮らしぶりは、外からは分からない。勝手な物語を貼りつけられることもある。それを怒らず、しゃれで受け流す——ユーモアは、いちばん上品な反論だと、この歌は教えてくれます。

「しかぞ住む」の「しか(このように)」に鹿を響かせる説もあり、宇治うじ山の鹿がちらりと見える楽しさもあります。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——喜撰法師きせんほうしは六歌仙のひとりですが、確かな歌はこの一首しか伝わっていない謎の人物。宇治うじは後に『源氏物語げんじものがたり宇治うじ十帖の舞台となり、お茶の名所になりました。「喜撰」は宇治うじ茶の銘柄にも生きています。
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