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三十四

実 語 教 ・ 第 三十四 句

ぜんを しゅうする ものは さいわいを うく善を修する者は福を承く
あたかも みに したがう かげの ごとし宛も身に随う影の如し

原文 修善者承福 宛如随身影

いまのことば

良い行いを積み重ねる人には、幸せがついてくる。
ちょうど、影がいつも体についてくるように。

きょうの暮らしでいうと

前の句の「山びこ」と対になる、「影」のたとえです。影は、呼ばなくても、急がなくても、いつのまにか足もとについてきます。

ここで大事なのは「修する」という言葉です。一回の親切ではなく、積み重ねること。影が濃くなるのは、日ざしの下を歩き続けた人です。あいさつを続ける、約束を守り続ける、こつこつ続ける——その人のまわりには、信頼という影が、本人が気づかないうちに濃く育っています。

幸運は追いかけるものではなく、良い行いを続けていたら後ろについてきたもの——実語教の幸福論は、そういう形をしています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——「積善の家には必ず余慶あり」——善を積む家には幸せが残る、という言葉が中国の古典『易経』にあります。善は一回ではなく「積む」もの。この考え方は、実語教にもそのまま流れています。
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