実語教・第三十四句
ぜんを しゅうする ものは さいわいを うく善を修する者は福を承く
あたかも みに したがう かげの ごとし宛も身に随う影の如し
原文 修善者承福 宛如随身影
お子さんと保護者の方へ。実語教・第三十四句を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
善を修する者は福を承くの意味は?
良い行いを積み重ねる人には、幸せがついてくる。
ちょうど、影がいつも体についてくるように。
ちょうど、影がいつも体についてくるように。
きょうの暮らしでいうと
前の句の「山びこ」と対になる、「影」のたとえです。影は、呼ばなくても、急がなくても、いつのまにか足もとについてきます。
ここで大事なのは「修する」という言葉です。一回の親切ではなく、積み重ねること。影が濃くなるのは、日ざしの下を歩き続けた人です。あいさつを続ける、約束を守り続ける、こつこつ続ける——その人のまわりには、信頼という影が、本人が気づかないうちに濃く育っています。
幸運は追いかけるものではなく、良い行いを続けていたら後ろについてきたもの——実語教の幸福論は、そういう形をしています。
考えてみよう
- 問一「続けていたら、いつのまにか信頼されていた」という人が、まわりにいますか。
- 問二追いかける幸せと、ついてくる幸せ。どこが違うのでしょう。
- 問三あなたが「修し続けたい善」をひとつ選ぶなら、何にしますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——「積善の家には必ず余慶あり」——善を積む家には幸せが残る、という言葉が中国の古典『易経』にあります。善は一回ではなく「積む」もの。この考え方は、実語教にもそのまま流れています。
原文について
この記事が扱っている『実語教』は、平安末から鎌倉期に成立したとされる教訓書。江戸の寺子屋でもっとも広く使われた教科書のひとつです。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『実語教』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『実語教』は、平安末から鎌倉期に成立したとされる教訓書。江戸の寺子屋でもっとも広く使われた教科書のひとつです。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『実語教』で画像を見られます。
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