十七
実 語 教 ・ 第 十七 句
ふうきの いえに いると いえども富貴の家に入ると雖も
ざい なき ひとの ためには財無き人の為には
なお しもの したの はなの ごとし猶霜の下の花の如し
原文 雖入富貴家 為無財人者 猶如霜下花
いまのことば
お金持ちの家に生まれついても、
自分の中に財産(学び)のない人は、
霜にうたれた花のようにしぼんでいく。
きょうの暮らしでいうと
ここでいう「財」は、これまでの句で見てきたとおり、お金ではなく「身の内の才」——自分の中に育てた学びのことです。
どんなに恵まれた家に生まれても、自分の中に何も育てていなければ、霜にあたった花のように弱い。環境の恵みは、それだけでは人を守ってくれないのです。
この句は次の句とふたつでひと組。恵まれた側の話のあとに、恵まれない側の話が続きます。ふたつ並べて読むと、実語教が本当に言いたいことが見えてきます。
考えてみよう
- 問一「恵まれているのに、いかせていない」とは、たとえばどういう状態でしょう。
- 問二環境の力と、自分の力。それぞれにできること・できないことは何でしょう。
- 問三霜にあっても枯れない花になるには、何が必要だと思いますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——霜下の花・泥中の蓮という対のたとえは、実語教の中でもとくに美しい部分として知られ、後の時代の文章にもたびたび引かれました。