実語教・第十七句
ふうきの いえに いると いえども富貴の家に入ると雖も
ざい なき ひとの ためには財無き人の為には
なお しもの したの はなの ごとし猶霜の下の花の如し
原文 雖入富貴家 為無財人者 猶如霜下花
お子さんと保護者の方へ。実語教・第十七句を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
富貴の家に入ると雖もの意味は?
お金持ちの家に生まれついても、
自分の中に財産(学び)のない人は、
霜にうたれた花のようにしぼんでいく。
自分の中に財産(学び)のない人は、
霜にうたれた花のようにしぼんでいく。
きょうの暮らしでいうと
ここでいう「財」は、これまでの句で見てきたとおり、お金ではなく「身の内の才」——自分の中に育てた学びのことです。
どんなに恵まれた家に生まれても、自分の中に何も育てていなければ、霜にあたった花のように弱い。環境の恵みは、それだけでは人を守ってくれないのです。
この句は次の句とふたつでひと組。恵まれた側の話のあとに、恵まれない側の話が続きます。ふたつ並べて読むと、実語教が本当に言いたいことが見えてきます。
考えてみよう
- 問一「恵まれているのに、いかせていない」とは、たとえばどういう状態でしょう。
- 問二環境の力と、自分の力。それぞれにできること・できないことは何でしょう。
- 問三霜にあっても枯れない花になるには、何が必要だと思いますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——霜下の花・泥中の蓮という対のたとえは、実語教の中でもとくに美しい部分として知られ、後の時代の文章にもたびたび引かれました。
原文について
この記事が扱っている『実語教』は、平安末から鎌倉期に成立したとされる教訓書。江戸の寺子屋でもっとも広く使われた教科書のひとつです。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『実語教』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『実語教』は、平安末から鎌倉期に成立したとされる教訓書。江戸の寺子屋でもっとも広く使われた教科書のひとつです。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『実語教』で画像を見られます。
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