九
実語教・第九句
きょうだいは つねに あわず兄弟は常に合わず
じひを きょうだいと なす慈悲を兄弟とす
原文 兄弟常不合 慈悲為兄弟
いまのことば
兄弟は常に合わずの意味は?
きょうだいでも、いつも気が合うとはかぎらない。
思いやりの心こそが、本当のきょうだいをつくる。
きょうの暮らしでいうと
千年前の教科書が「きょうだいはケンカするものだ」と認めているのは、ちょっと面白いところです。昔の子も、おもちゃ(のようなもの)の取り合いをしていたのでしょう。
そのうえでこの句は言います。血がつながっているから仲良しなのではない。相手を思いやる心(慈悲)があってはじめて、本当のきょうだいになれる。
裏を返せば、血がつながっていなくても、思いやりで結ばれた相手は、きょうだいのような存在になれるということでもあります。
考えてみよう
- 問一きょうだいや友だちとケンカしたあと、仲直りできたのはなぜだったか、思い出せますか。
- 問二「思いやり」を行動で表すとしたら、今日できることは何でしょう。
- 問三血のつながり以外で「家族みたいだ」と感じる相手はいますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——「慈悲」はもともと仏教の言葉で、「慈」は相手に楽を与えたいと願う心、「悲」は相手の苦しみを取り除きたいと願う心。ふたつ合わせて、深い思いやりを表します。
原文について
この記事が扱っている
『実語教』は、平安末から鎌倉期に成立したとされる教訓書。江戸の寺子屋でもっとも広く使われた教科書のひとつです。
原本(江戸期などの版本)は、
国立公文書館 デジタルアーカイブ『実語教』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。
表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。