五
実 語 教 ・ 第 五 句
たま みがかざれば ひかり なし玉磨かざれば光無し
ひかり なきを いしかわらと なす光無きを石瓦とす
原文 玉不磨無光 無光為石瓦
いまのことば
宝石も、磨かなければ光らない。
光らなければ、石ころや瓦と変わらない。
きょうの暮らしでいうと
掘り出したばかりの宝石は、じつは、ただの石ころのように見えます。磨かれてはじめて、あの光が出ます。
ピアノも、サッカーも、漢字も、九九も同じです。「才能がある」だけでは、まだ磨く前の玉。練習という磨き粉でこすった分だけ、光っていきます。
裏返せば、いま光っていなくても、あわてなくて大丈夫です。磨けば光る玉を、だれもが持っています。どの玉を、いつから磨き始めるか——それは自分で決められます。
考えてみよう
- 問一あなたがいま「磨いている最中」のものは、何ですか。
- 問二磨くのをやめてしまった玉はありますか。もう一度磨くなら、どれから始めますか。
- 問三友だちの中に見える「磨けば光りそうな玉」を、ひとつ本人に教えてあげるとしたら、どう伝えますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——「玉磨かざれば光無し」は、中国の古典『礼記』の「玉琢かざれば器を成さず」と響き合う言葉です。日本ではこの実語教の形で広まり、ことわざのように今も使われています。千年前の教室の言葉が、いまも生きている例のひとつです。