第十六章
童 子 教 ・ 第十六章 学びに遅すぎることなし
そうし しちじゅうにして はじめて がくを このんで しふに のぼる宋史七十にして初めて、学を好んで師傅に登る
原文 宋史七十初 好学登師傅
この章の本文(第93対句〜第98対句)
- 遂致碩学位 縦磨簺振筒遂に碩学の位に致(いた)る 縦(たと)ひ簺(さい)を磨き筒を振るとも
- 口恒誦経論 亦削弓短矢口には恒(つね)に経論(きやうろん)を誦(じゆ)せよ 亦(また)弓を削り矢を短(は)ぐとも
- 腰常挿文書 張儀誦新古腰には常に文書を挿(さしはさ)め 張儀新古を誦(じゆ)し
- 枯木結菓矣 亀耄誦史記枯木菓(このみ)を結ぶ 亀耄(きもう)史記を誦(じゆ)して
- 古骨得膏矣 伯英九歳初古骨膏(あぶらづ)くことを得たり 伯英は九歳にして初めて
- 早至博士位 宋史七十初早く博士の位に至る 宋史七十にして初めて
いまのことば
伯英は九歳で学び始めて早くに博士となり、
宋史は七十歳で学び始めて、それでも帝の師にまでなった。
きょうの暮らしでいうと
九歳で始めた者と、七十歳で始めた者。童子教はふたりを並べて、どちらも認めます。早く始めれば遠くまで行ける。遅く始めても、ちゃんと届く。
「枯木菓を結ぶ」——枯れたように見える木にも、実がなる。年齢を理由に学びをあきらめる必要はない、という励ましです。何かを始めるのに「もう遅い」と感じている人への、千年前からの返事がここにあります。
遊びながらでも、口には書を唱えよ。弓を削りながらでも、腰には本を——「ながら」を否定せず、暮らしのすきまに学びを差し込め、という現実的な章でもあります。
考えてみよう
- 問一「もう遅い」とあきらめかけていることはありますか。本当に遅いのでしょうか。
- 問二まわりの大人で「大人になってから始めた」人の例を知っていますか。
- 問三九歳で始める良さと、七十歳で始める良さ。それぞれ何でしょう。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——この章の「宋史」は人名です(歴史書の『宋史』とは別)。高齢で学び始めて師傅(帝の教育係)になった人物として、あきらめない学びの象徴に挙げられています。