第十章
童 子 教 ・ 第十章 師と弟子の約束
し でしを おしえず これを なづけて はかいと す師弟子を訓へず、是を名づけて破戒とす
原文 師不訓弟子 是名為破戒
この章の本文(第54対句〜第58対句)
- 師不訓弟子 是名為破戒師弟子を訓(をし)へず 是(これ)を名づけて破戒とす
- 師呵責弟子 是名為持戒師弟子を呵責(かしやく)す 是(これ)を名づけて持戒とす
- 畜悪弟子者 師弟堕地獄悪しき弟子を畜(たくは)ゆれば 師弟地獄に堕(お)つ
- 養善弟子者 師弟到仏果善き弟子を養へば 師弟仏果に到る
- 不順教弟子 早可返父母教へに順(したが)はざる弟子は 早く父母に返すべし
いまのことば
弟子を本気で教えない師は、約束を破っている。
厳しく向き合ってくれる師こそ、約束を守っている。
きょうの暮らしでいうと
驚くのは、この章がまず師の側の責任から始まることです。弟子を教えない師は「破戒」——いいかげんな先生のほうが先に責められています。
教える側と教わる側は、契約のような関係だと童子教は考えます。師は本気で教える。弟子は本気で学ぶ。どちらかが手を抜けば、この約束は壊れる。「教へに順はざる弟子は、早く父母に返すべし」——学ぶ気のない弟子を預かり続けるのも、また不誠実なのです。
先生に叱られたとき、「本気で向き合ってくれている印」と受け取れるかどうか。この章は、叱られる側の受け取り方も変えてくれます。
考えてみよう
- 問一本気で向き合ってくれた先生・コーチを思い出せますか。その人はなぜ厳しかったのでしょう。
- 問二教わる側の「約束」とは、具体的に何をすることでしょう。
- 問三友だちに何かを教えるとき、あなたは「本気の師」になれていますか。
答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。
豆知識——「呵責(かしゃく)」は厳しく叱ること。この章は江戸の師弟観の土台でしたが、そのままいまに持ち込むのではなく、「教える側の本気」という芯だけを受け取るのが、現代の読み方です。