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地図を作った人

商人として一生を終えるはずだった男は、隠居してから天文学を学び、56歳で測量の旅に出た。歩いた距離は、地球一周ぶん。

お子さんと保護者の方へ。地図を作った人を、いっしょに確かめましょう。

いまのことば

伊能忠敬とは?

伊能忠敬いのうただたかは、隠居後の50代から学び直し、
17年かけて歩き、実測による日本地図を初めて作り上げた。

第二の人生の歩幅

伊能忠敬(いのう・ただたか)は下総国(千葉県)佐原さわらの商家の当主でした。家業を立て直し、50歳で隠居。それから江戸に出て、自分より19歳年下の天文学者・高橋至時に弟子入りします。

56歳、蝦夷地えぞち(北海道)の測量へ出発。以後およそ17年、全国を歩いて測り続けました。歩いた距離はおよそ4万キロ——地球一周ぶんと言われます。一歩の長さを一定に保つ訓練をし、歩数で距離を測り、天体観測で位置を確かめる。足と星で作った地図です。

完成した「大日本沿海輿地全図」は、忠敬の死後、弟子たちの手で仕上がりました(1821年)。その正確さは、のちに来日した外国の測量技師を驚かせたと伝わります。学問のすゝめが説いた「学びに遅すぎることなし」を、体で証明した人です。

考えてみよう

  • 問一50歳からの学び直し。忠敬を動かしたものは何だったと思いますか。
  • 問二「一歩の長さを一定にする」——どれほど難しいか、実際に歩いて試してみましょう。
  • 問三自分の「第二の人生」があるとしたら、何を学びたいですか(何歳のあなたでも)。

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——忠敬の測量隊は幕府公認になり、各地の藩が宿や人手を提供しました。地図は当時の軍事機密。シーボルトが持ち出そうとして起きたのが「シーボルト事件」です。地図一枚が国家機密だった時代でした。
この記事について
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
忠敬の測量にもとづく地図は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東三十三国沿海測量之図』で画像を見られます。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。

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