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和算の巨人

塵劫記じんこうきで数学好きになった江戸の人々の頂点に、一人の天才が現れます。筆と紙だけで、世界の最先端に並んだ和算わさん家・関孝和せきたかかずです。

お子さんと保護者の方へ。和算の巨人を、いっしょに確かめましょう。

いまのことば

関孝和とは?

関孝和せきたかかずは、文字を使った筆算の代数を工夫し、
円周率を高い精度で計算するなど、和算わさんを世界水準へ押し上げた。

筆と紙の最先端

関孝和(せき・たかかず)は江戸前期の和算わさん家。それまで道具(算木)に頼っていた計算を、紙の上に文字で書いて解く方法(点竄術てんざんじゅつ)に発展させました。これは西洋の代数と同じ方向の発明で、しかも独立にたどり着いたものです。

円に多角形を重ねて計算を積み上げ、円周率を小数点以下十桁前後まで正しく求めたと評価されています。ヨーロッパの同時代の数学者たちと、海を隔てて同じ問題を競っていた形です。

塵劫記じんこうきが広げた「数学人口」の厚みが、頂点の高さを作りました。遊びで裾野を広げ、天才が頂を上げる——文化が育つ形の、美しい見本です。

考えてみよう

  • 問一円周率を「多角形で挟んで」求める方法を、正方形と円の絵で考えてみましょう。
  • 問二「裾野が広いから頂点が高くなる」——スポーツや音楽でも同じことが言えますか。
  • 問三道具の計算から紙の計算へ。この変化は何を可能にしたのでしょう。

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——関孝和せきたかかずの墓は東京・新宿区の浄輪寺にあります。弟子たちの学統は「関流」として明治まで続き、日本の数学教育の土台になりました。神社に数学の問題を奉納する「算額さんがく」の文化も、この和算わさん熱の産物です。
原文について
この記事が扱っている『塵劫記』は、吉田光由が1627年(寛永4年)に著した和算の書。江戸時代を通じて版を重ねました。
原本(江戸期などの版本)は、早稲田大学図書館 古典籍総合データベース『塵劫記 巻之第1-4』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。

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