CCN 寺子屋
料理の間へ戻る

江 戸 の 食 ・ 八

金平糖こんぺいとうはポルトガルから、カステラは南蛮船に乗って。貴重品だった砂糖が広まるにつれ、江戸の菓子は花開きました。

いまのことば

砂糖は長く輸入頼みの貴重品で、菓子は特別なものだった。
金平糖こんぺいとう・カステラは南蛮渡来、羊羹や大福は日本生まれの工夫。

甘さの歴史

金平糖こんぺいとうとカステラは、戦国〜江戸初期にポルトガル船が運んだ「南蛮菓子」。金平糖こんぺいとうの角がなぜできるかは、実は現代の科学でも面白い研究テーマです(回る釜の中で糖液が少しずつ育つ)。

砂糖は輸入品で高価。だからこそ江戸の菓子職人は工夫しました。小豆と寒天で練り上げる練り羊羹、餅であんを包む大福。少ない甘さを最大に生かす和菓子の設計は、砂糖が貴重だった歴史の産物です。

やがて国産の砂糖づくり(讃岐さぬき和三盆わさんぼんなど)も広がり、庶民の駄菓子文化へ。いまコンビニに並ぶ甘いものの棚は、南蛮船から数えて四百年の到達点です。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——金平糖こんぺいとうの語源はポルトガル語のコンフェイト(confeito)。カステラ、ボーロ、パンも同じ船で来た言葉です。お菓子の名前の中に、大航海時代が残っています。
前へ料理の間の目次へ