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江戸の科学・七

使っていた暦は、800年前に中国から輸入したもの。ずれは2日にもなっていました。碁打ちの家に生まれた男が、日本人として初めて、自分たちの暦を作ります。

いまのことば

渋川春海とは?

渋川春海しぶかわはるみは、自らの天体観測にもとづいて暦を作り直し、
貞享暦じょうきょうれきとして採用された。日本人の手による初めての暦だった。

ずれを正す仕事

暦のずれは、日食の予報が外れることで、誰の目にも明らかになっていました。渋川春海(しぶかわ・はるみ)は幕府お抱えの碁打ちの家の生まれ。碁で鍛えた計算力と、コツコツ続けた天体観測を武器に、改暦に挑みます。

一度目の提案は、日食予報の失敗で退けられました。それでも観測を重ね、中国の暦を日本の緯度・経度に合わせて補正し、再挑戦。1685年、貞享暦(じょうきょうれき)として採用されます。約800年ぶりの改暦、しかも初めての国産でした。

輸入した知識をそのまま使うのではなく、自分の土地で測り直して作り替える——本草学ほんぞうがくから蘭学まで、江戸の学問に共通する型が、空の上でも実現しました。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——春海の生涯は小説『天地明察』(冲方丁)で広く知られるようになりました。碁打ちが天文学者になる——江戸の学問の垣根の低さは、平賀源内ひらがげんない国友一貫斎くにともいっかんさいとも共通しています。
この記事について
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
改暦の経緯については、国立天文台 暦計算室「暦Wiki/歴史/日本の暦/2.渋川春海と貞享暦」によります。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。
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