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江 戸 の 科 学 ・ 八

GPSも航空写真もない時代に、なぜ正確な日本地図が描けたのか。答えは、鎖と車輪と星——そして、そろえた歩幅にありました。

いまのことば

伊能隊は、距離は縄・鎖・歩数で、方角は磁石で、位置は星で測った。
単純な道具を、ていねいに積み重ねた先に、あの地図があった。

測るという執念

距離を測る道具は、目盛りをつけた縄や鉄の鎖(間縄・鉄鎖)、そして距離を数える車輪つきの量程車。それも使えない悪路では、訓練でそろえた自分の歩幅で数えました(地理の間・伊能忠敬の章で見たとおりです)。

方角は方位磁石で測り、要所では象限儀という道具で星の高さを観測して、緯度を確かめました。昼は地面を、夜は空を測る——二つの測定を突き合わせることで、小さな誤差が大きくなる前に修正できたのです。

特別な道具はひとつもありません。単純な測定を、膨大に、正確に、17年間。科学の力は、道具の高級さよりも、続ける設計にあります。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——伊能図の海岸線は、現代の地図と重ねてもほとんどずれない精度です。明治政府の地図も、長くこの伊能図を土台にしました。江戸の歩幅が、近代日本の足元を支えたのです。
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