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江 戸 の 科 学 ・ 五

オランダ語の辞書も、教えてくれる先生もいない。それでも医師たちは、外国の解剖書を数年がかりで訳しきりました。1774年、『解体新書』の誕生です。

いまのことば

杉田玄白・前野良沢らは、辞書のない時代にオランダ語の解剖書を翻訳し、
『解体新書』として世に出した。「神経」はこのとき生まれた言葉。

分からないを越える

きっかけは、処刑場での腑分け(解剖)見学でした。持参したオランダの解剖書の図が、目の前の人体とぴたりと合う。「この本を日本語にしなければ」——玄白たちはその帰り道に決意したと、後年の回想録『蘭学事始』に記しています。

翻訳は苦闘でした。辞書がないので、一語わかるのに丸一日ということも。「フルヘッヘンド(うずたかい)」の一語を、みなで何日も考えた逸話は有名です。そして訳語がなければ、作る——「神経」「軟骨」などは、このとき生まれた新しい日本語です。

あなたが「神経を使う」と言うたび、250年前の翻訳チームの発明を使っています。分からないだらけの中で始める勇気が、言葉ごと未来を作りました。

考えてみよう

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——『解体新書』の原本はドイツの医学書のオランダ語版『ターヘル・アナトミア』。玄白が晩年に書いた回想録『蘭学事始』は、福澤諭吉が読んで感涙したと伝わります。学問のすゝめの水脈は、ここにもつながっています。
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