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江戸の科学・四

近江おうみの鉄砲鍛冶が、金属を磨いて鏡を作り、日本初の反射望遠鏡を完成させた。そして毎日、太陽の黒点を観察し続けた。

お子さんと保護者の方へ。江戸の科学・四を、いっしょに確かめましょう。

いまのことば

国友一貫斎とは?

国友一貫斎くにともいっかんさいは、鉄砲づくりの技術で反射望遠鏡を自作し、
太陽の黒点をおよそ1年にわたり観測記録した。

職人の天文学

国友一貫斎(くにとも・いっかんさい)は、鉄砲の名産地・近江おうみ国友村の鍛冶職人。金属加工の腕を生かして、光を集める金属鏡を自ら磨き上げ、日本初の反射望遠鏡を作りました(1830年代)。

作っただけではありません。その望遠鏡で太陽の黒点を観測し、位置や形の変化を記録し続けました。その記録は現代の天文学者が見ても価値のある精度だと評価されています。

望遠鏡のレンズも鏡も、当時は輸入品。「なければ、自分の技術で作る」。鉄砲を作る手が宇宙に向いたとき、職人は科学者になりました。

考えてみよう

  • 問一自分の得意な技術が、まったく別の分野で役立つとしたら、何に使えそうですか。
  • 問二「毎日同じものを観察して記録する」ことの価値は、どこにあるのでしょう。
  • 問三太陽を直接見てはいけません。安全に太陽を観察する方法を調べてみましょう。

答えはひとつではありません。おうちの人と話しながら考えるのも、よい学び方です。

豆知識——一貫斎は望遠鏡のほかに、空気銃や筆の改良まで手がけた発明家でした。彼の望遠鏡は現存していて、いまも星が見えるほどの精度を保っているといわれます。
この記事について
この記事は、江戸時代の道具・技術・遊び・くらしを紹介したものです。もとになる一冊の古典があるわけではありません。
日本初の反射望遠鏡であることと製作年は、文化庁 文化遺産オンライン「反射望遠鏡」(重要文化財・上田市立博物館)、国立天文台 暦計算室「江戸時代の天文観測」によります。
本文は株式会社士心が作成したものです。年号や数値は、読みやすさのために概数で書いている箇所があります。

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